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リア子ちゃんと推しとDD

最近推しにDDがつきはじめた。

DDを否定している訳ではない。むしろ、たくさんの愛を振りまくことの出来る懐の深さと財力には感服している。だけどそれは自分の関係のないところでの話だ。

 

推しにDDがつくということはリア子ちゃんなわたしにとって大変由々しき事態である。
ファンが増えて応援してくれる人が一人でも多いということは推しの人気アップのためには大変喜ばしいことなのに、本命が他にいるにも関わらずわたしの推しにちょっかいを出すなんて許さない!推しに対しても本命に対しても不義理だ!とわたしの中の迷惑オタが牙を剥いている。
推し曰くわたしがファン1号で出会って2年。2年間ずっと1人で応援してきた。地方住みだけど行ける公演は全部行ったし、推しにとって初めてのお花も贈った。それなのについ最近偶然本命と共演しててリプ返してくれるからって理由だけでちょっかい出してるんじゃないわよ。とリア子ちゃんが吠えている。
まあ、わたしも元推しと共演してたのが初めましてだったからあまり強く言えないけども。


今までは推し1人に対してファン(=応援して舞台に観に来る人)が1人だったがその構図が崩れつつあることに対してリア子ちゃんであるわたしは非常に危機感を抱いているのだ。

エマージェンシー。

某2.5次元の舞台のヒロインの歌に理想の男性について
たくさんお金を持ってて
もちろんイケメン男子で
私だけにやさしくて
お姫さまにしてくれる人
という歌詞がある。
「私だけにやさしくて」
正にわたしはこれを求めているのだと思う。
幾人いる観客の中、終演後に関係者以外でわたし『だけ』が認知されてて話ができる存在。わたしだけが推しを1番に好きで応援していて推しもそれを知っていて、ちやほや話をしてくれて握手をしてお見送りをしてくれる。そのポジションが唯一無二でなくなってしまう、『わたしだけ』でなくなってしまうことに負の感情が溢れているのだ。

自分でもとんだ迷惑なオタクだと思うけれどこの負の感情は抑えようと思って簡単に抑えられるものではない。辛うじて推しの視線があるときはにこにこと笑顔を保っているけれど、家ではSNS上での推しへのメッセージを読み、勝手に怒りを募らせたりして……不毛すぎる。
今まではDDじゃなければ同担拒否じゃないと思うな〜とか呑気なことを考えていたけどこのファンが増える問題に遭遇して漸く自分はDDじゃなくても同担には拒否的になってしまうのだろうと自覚し始めた。


推しのファンはわたしだけでいい、だけどもっとたくさんステージに立って欲しい、有名な劇場でお芝居をしている推しを見たい、主演を務める推しが見たい、そのためにもたくさんファンがいないとお仕事はもらえない……と堂々巡りをしている。
わたしの同担拒否が解決しない限りこの堂々巡りは終わらないのだろう。まあ推しにとっちゃそんなこと知ったこっちゃないことなんだろうけど。

 

知名度も人気も全くと言っていいほどにない推しにこれからもっとついでで応援してくれる人が増えてくるだろう。その度にわたしは嫉妬の炎を燃やすことになるのだろう。
あー心安らかに追っかけをしたい。