読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

リア子ちゃんと推しは結婚できないのか

わたしは所謂リアコ(リアルに恋してるの略。応援対象として推すのではなく、恋愛対象として推すスタイル)だ。
気持ち悪いと言われて引かれるのを百も承知で言うが、わたしは推しと付き合いたいと思っているし、結婚したいとも思っている。
だけれども、この思いは恋心なのかそれともファンとしての感情なのか、将又男慣れしていない喪女が偶然出会った構ってくれる役者というレアケースにただときめいているだけなのか、正直わからない。

 

 

世の中にリア子ちゃんは少なからずいると思う。大体は同担と呼ばれる同じ対象を好きな他者がいる。だけれどわたしの場合、多数のファンの中の1人ではなく、極少数のファンの中の1人であり、なおかつその少数のわりとトップに君臨しているというのが問題なのである。(というか何度もいうが恐らくナンバーワンでオンリーワン)
他の若手俳優に置き換えると行き過ぎと受け取れるような過剰なファンサを受けた時に、ファン全体の中でわたしだけにしていることなのか、それともファンみんなにしていることなのかを比較し判断するための他者がいないのだ。ほかのファンがいないから。
だから過剰なファンサを受けたあとに無駄に擬似的な恋愛感情を抱いてしまい、イコール恋愛対象として好きと感じてしまう。それと同時に、恋愛対象として脈アリなのではと大層な勘違いを繰り広げてしまうのだ。とんだ勘違い野郎だ。

 

冷静に自分の気持ちを整理すればちゃんと自己分析も出来るのだけれど、推しの舞台を観た後、推しと面会した後は冷静さも判断力も失ってしまって、ただただふわふわとした夢をみているような気持ちしか残らなくなってしまう。だからわたしは永遠にリア子ちゃんなんだと思う。

 

今、仕事に追われてひたすら毎日をこなしていくだけの錆びれた人生の唯一の生きる気力が推しなので、わたしをこの生活から助けてくれる本当の王子様と運命的な出会いを果たさない限り、この偽物の夢の世界で永遠に生きていくんだろうなって思っている。


リア子ちゃんはいつの日かリア子BBAになってしまってアラサー、アラフォーとただ歳をとっていって、その間に推しは結婚し家庭を築き、なんにも知らないでリア子おばあちゃんになってしまい寂しい人生を送るのかしらと、他人事のように考えてしまう。
夢見る少女ではいられない現実が重い。